本研究会の会員による論文解説を掲載します。 【タイトル】 マウス卵管の活発な蠕動運動と卵管液の分泌:卵管液や精子の輸送ならびに受精との関係 Active peristaltic movements and fluid production of the mouse oviduct: Their roles in fluid and sperm transport and fertilization 【著者】 日野 敏昭1)、柳町 隆造2) 1) 旭川医科大学医学部生物学教室、2) ハワイ大学医学部 【要約】 精子が卵管内をどのように移動して卵子に到達するかについて、これまでの通説では、卵管の中を卵管液が子宮方向に緩やかに流れており、精子はその流れに逆らったり、卵子や卵子を取りまく細胞から放出された精子誘引物質にひかれたり、温度差を感じたりして、卵管膨大部の卵子に泳いで到達するとされてきた(下図左)。しかし、これらの仕組みは卵管を体外に切り離したり、精子を体外に取り出したりして得られた観察結果から推測されたことであり、生体内でも同じ仕組みが働いているかどうかについて十分な検証は行われていなかった。今回の研究では、卵管を体から切り離すことなくできる限り自然な状態で観察する手法を考案し、卵管の動きや卵管液の流れ、精子の移動のようすを観察した。その結果、卵管は卵管液を活発に分泌しており、それが卵管の活発な蠕動運動よって、卵巣方向に速い速度で押し流されていることが明らかになった。精子はこの流れにのって卵管膨大部の卵子に到達していると考えられる(下図右)。 【背景】 卵管は受精と発生が開始する場として大切な器官である。交尾によって雌の体内に送り込まれた精子は、すみやかに子宮を抜けて卵管に入るが、その後しばらくは卵管の入口付近(子宮側)に留まる。数時間後、精子はそこを離れ、排卵された卵子のある卵管膨大部へと向かう。 これまでの通説では、卵管の中を卵管液が子宮方向に緩やかに流れており、精子はその流れの中を泳いで卵管膨大部の卵子のもとへ向かう(走流性)、卵子や卵子を取りまく細胞から放出される精子誘引物質が子宮方向に向かって流れるため、精子はそれにひかれるように卵管膨大部へ向かう(走化性)、または卵管膨大部の温度がわずかに高いため、精子は温かい方へ向かう(走温性)と考えられていた。 このような精子の性質や卵管液の流れは、いずれも卵管を体外に切り離したり、精子を体外に取り出したりして得られた観察結果であり、体内では精子が如何にして卵管膨大部の卵子までたどり着くのかについて調査した研究はなかった。本研究では、実験動物であるマウスをモデルにして、卵管を体から切り離すことなく血流や神経連絡を保ったまま観察する手法を考案し、それを使って卵管の動きや卵管液の流れが精子の移動や受精にどのような影響を及ぼしているのかを調べた。 【研究手法と成果】 1.卵管の動きと卵管液の流れについて マウス卵管の観察システムを図1に示す。まずは卵管液の流れを可視化するために、卵管の入口付近に微量の墨汁を注入した(図2A)。 発情期の卵管は激しく蠕動していたが、その動きを動画撮影して詳しく調べたところ、蠕動の方向は、卵管の入口付近から中間部までは、卵巣方向であったり子宮方向であったりと、不規則な動きをしていた。ところが、卵管膨大部が近くなると卵管は卵巣方向に蠕動するようになった。この蠕動運動に同調して、卵管内の墨汁も卵管の入口付近から中間部までは行ったり来たりの動きを繰り返しながら卵管膨大部に向かって少しずつ進み、中間部を過ぎると一気に卵管膨大部に向かって移動した(図2B、別ウインドウで動画を開きます)。墨汁は平均して30秒以内に1.2cm先の卵管膨大部まで達した。速さに換算すると毎秒400μm以上となり、実に、精子が泳ぐ速度の2倍以上だった。 2.卵管液の由来について 卵管の入口付近に注入した墨汁は、卵管を通って卵巣嚢に入り、最終的に卵巣嚢孔から腹腔へ流れ出た。ところが、子宮に注入した墨汁は卵管へ移動しなかった。この結果から卵管液は子宮から分泌されたものではないことがわかった。そこで、卵管のいろいろな部位を結紮して卵管液の流れを妨げてみた。すると、どの部位で結紮しても卵管は大きく膨らむことがわかった(図3)。 3.卵管の動きや卵管液の流れと受精の関係について 遺伝子操作で光るように改変された精子を卵管の入口辺りに注入して精子の行動を追跡した。生きた精子は卵管膨大部に到達し、ほぼすべての卵子が受精した。一方、死んだ精子は卵子と受精しなかったが、生きた精子と同じように卵管膨大部に到達した。薬品を使って卵管の動きを止めたり、卵管の出口を結紮して卵管液の流れを止めたりすると、生きた精子であっても、卵管膨大部への移動が妨げられ、受精は大きく抑えられた。 以上から、卵管内には卵管液が常に分泌されており、その液が卵管の蠕動によって卵巣方向に押し流され、その流れが精子を卵管膨大部の卵子へと運んでいることが示された。 【今後の課題と展望】 今回マウスで発見された仕組みが、ヒトを含めたその他の哺乳類に広く共通しているかどうかを調査することで、哺乳類における体内受精の過程の理解がより一層深まると考えられる。また、将来的には不妊症の原因解明や、新たな不妊治療法の開発をも視野に入れた生殖医学の研究につながっていくものと期待される。 【原著論文情報】 Hino T and Yanagimachi R, Active peristaltic movements and fluid production of the mouse oviduct: Their roles in fluid and sperm transport and fertilization, Biology of Reproduction, 2019, DOI: 10.1093/biolre/ioz061, https://doi.org/10.1093/biolre/ioz061 *ここをクリックし別ウインドウで動画を再生します*
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